2004年4月19日月曜日

タンカレー(Tanqueray)


(今夜の酒 #4)タンカレー(Tanqueray)
 今日の酒はタンカレーである。BGMはTom Waitsの「Swordfishtrombones」である。
 時にジンが飲みたくなる時がある。ジンを飲む時はよほどの事がない限りタンカレーである。それは何故か。単純にはじめに名前を覚えたジンだからである。10年ほど前、僕の職場の先輩とバーで飲んでいた時「おれはぁタンカレェが好きなンやぁ」とか言いながら飲んでいた。呂律は回っていなかった。が、天才肌でありながら努力をおこたらない、物事の本質を的確にとらえる事の出来る尊敬していた先輩でもあり、それをまねしたかったのだ。それだけである。
 以前はカクテルとして飲んでいたが、いつからかロックで飲んでいる。鼻に芳香が抜け、のど越しがきりっとしている。人に言わせると「松やに」とまず答えてくれる味である。他のジンと比べてどうか?そんなことは知らない。数杯飲んでるとあちらの世界に行ってしまって、比べる事なんか出来ない。
 ジンは1660年頃オランダの医学者フランシスクス・シルヴィウスが、杜松の実、コリアンダー、シーズなどの成分を抽出し、薬用酒として売り出したらしい。タンカレー(Charles Tanqueray)は1830年にイギリスで創業された。ボトルの形は18世紀のイギリスの消火栓を模しているらしい。たいていどこのバーでも「タンカレー」と頼めば出てくる有名な銘柄である。タンカレーが出てこないバーに行ってはいけない。ケネディ大統領やフランク・シナトラも愛飲していたらしい。
 ジンはよくカクテルとして愛飲されているが、有名なのはマティーニである。ジンとベルモットを混ぜるだけなのだが、「ザ・パーフェクト・マティーニ・ブック」には268種のレシピが紹介されているほどバラエティに富んでいる。チャーチルは横目でベルモットのビンを眺めてジンを飲んだり、執事にベルモットでうがいさせ、グラスに注がれたジンに「ベルモット」と小声で囁かせて飲んだらしい。声が大きいと甘くなりすぎるらしい。クラーク・ゲーブルはベルモットのボトルを逆さにし、そのコルク栓でグラスを拭きジンを注いで飲んだという。へミングウェイも愛飲していたらしい。真偽の程はさておき、いろいろな逸話が残るほど奥が深いカクテルである。きっと適当に両者を混ぜると何らかの名前のマティーニになっているに違いない。
 ともあれ、酒を飲むのに理由なんかいらない。ジンをどのように飲んでもいい。当然、Tom Waitsを聴くのにも理由なんかいらない。
Tanqueray

2004年4月15日木曜日

Andre Mehmari / Canto


(旧譜・Brazil, Jazz)Andre Mehmari / Canto(2002)
 さて、こういう作品に出会ってしまうと、一体どういう表現を使って紹介したらいいのか途方に暮れてしまう。音を聞いていただければいいのだが、なかなかそういうわけにもいかず、試聴できるサイトを探すのも一苦労である。実際出会ったのはかなり前なのであるが、未だに言葉に悩んでいる。まあ、いいや。出しちゃえ。 
 Andre Mehmariは1977年生まれ、ブラジル出身のピアニストで、2002年の「Canto」は事実上初のソロアルバムとなる。このアルバムで彼はピアノ、オルガンからビオラ、ヴァイオリン、クラリネット、ギター、パーカッション、ボーカルにいたるまでほとんど全てのパートをひとりで演奏し、この優美な世界を作り上げている。この時彼は25歳。恐ろしい・・・。Milton Nascimentoの「Cais」のカバーも収録されているが、端正で壮大な曲のほとんどは自身のオリジナルであり、クラシックの要素も感じられる。曲を聴いていると、遠く旅の空の下で優しい風に吹かれているような、空を見上げているような、そんな風景が目の前に広がる。イメージがどんどん膨らみ、胸がすくような感じである。繊細で美しく、そして叙情的である。ショーロの曲も2曲収録されており、これらもさわやかで気持ち良い。間違いなく何年経っても聴いているであろう傑作である。

 また、つい先日2枚目のアルバム「Lachrimae」がリリースされたところであるが、こちらはピアノトリオをメインに、曲によってクラリネット、ストリングスなどを追加した叙情的で本当に美しい作品である。始めの一音から泣ける。このアルバムではMehmariはピアノに専念しているようだ。「Canto」より音数がしぼられシンプルであるが、その分さらに研ぎ澄まされ洗練されているような印象を受ける。また、ボーカルでMonica Salmasoが参加。こちらも妥協のない傑作である。

Official Site(試聴可!)
紹介サイト(試聴可)
Nucle Contemporaneoレーベルのサイト
上記サイト内、「Canto」の紹介ページ

2004年4月14日水曜日

Julia Hulsmann Trio With Anna Lauvergnac / Come Closer


(新譜・Jazz)Julia Hulsmann Trio With Anna Lauvergnac / Come Closer(2004)
以前Rebekka Bakkenとのアルバムでご紹介した(3月5日の記事)Julia Hulsmann Trioの新譜が出たのでご紹介。
前作のヒットに気を良くしたのか、今回はAnna Lauvergnacという女性ボーカリストを自身のピアノトリオに招いて録音されている。今作は「Celebrating Randy Newmanと」いうサブタイトルが示すとおり、なんとRandy Newmanへのオマージュとなっており、一曲を除いて全て彼の作品のカバーである。Julia Hulsmannは子供の頃、ピアノの弾き語りをするRandy Newmanをテレビで見て感銘を受けピアノを弾くようになったのだそうだ。とはいえRandy Newmanはご存知の通りニューオーリンズ出身のシンガーソングライターであり、彼女らとはベクトルが違うようにしか思えないのだが、そこはそれ、長い間のリスペクトを込めてジャズ的なアプローチで彼の曲を再構築している。主に70年代の曲のカバーが多いようだ。
Anna LauvergnacはVienna Art Orchestraのボーカリストだった人で、写真通りのかわいらしい声かと思って聴くと騙される。Rebekka Bakkenと比較するとしっとりねっとり粘液質な印象で、思ったより低めの声でブルージーにゆったりと歌い上げる。Julia Hulsmannのピアノは相変わらずスマートである。クールでありながら、ピアノトリオだけのパートになるとぐんぐんと飛ばして弾きまくる。前回のアルバムもそうだったが、このトリオはリズムが面白い。Julia Hulsmannがフェンダーローズをグルーヴィにぶっ飛ばしている時はHerbie HancockからMedeski, Martin & Woodの名前が頭に浮かんだくらいだ。
思った以上に引き込まれるアルバム。Randy Newmanのピアノ弾き語りでのセルフカバーアルバム「Songbook Vol. 1」と聴き比べると面白いかも。
ACTレーベルのこのアルバムの紹介のページ(試聴可)
ディスクユニオンの紹介のページ

2004年4月13日火曜日

Clem / Samossa


(新譜・Jazz)Clem / Samossa(2002?)
今日買って今日紹介書いているのは結構珍しいかも。それくらい気に入ったという事で。下のホームページで5曲をフルコーラスで試聴できるのでとりあえず聞いていただけたらと思う。
ほとんど情報がないのでよくわからないのだが、Clemはパリ出身の女性シンガーソングライターで、14歳の頃から父親とヨーロッパじゅうの路上やらクラブで歌っていたらしい。2000年の春にブラジルに渡りサンパウロでギタリストMichelangelo Pagnanoと出会い、それから彼との活動が始まる。このアルバムの曲のほとんどは二人の共作になっており、Clemの可憐なボーカルとそれを優しくバックアップするMichelangelo Pagnanoの透明感のあるアコースティックギター、その他チェロやバイオリン、ベース、パーカッションなど、曲により必要最低限の音で成り立っている。ブラジルやアフリカのリズム、ボサノバの曲調などをうまく取り入れたちょっとポップスよりのアコースティックなジャズになっており、ちょうどWeekendやFairground Attractionを彷彿させる曲もある。ちょっとBillie Holidayをまねたような歌い回しもあったりで微笑ましい。上品で気持ちの良いボーカルアルバムである。推薦。
オフィシャルサイト(5曲フルコーラスで試聴可)

2004年4月11日日曜日

The The / Heartland(1986)


(今日の80's #33)The The / Heartland(1986)英29位
1986年に発表された「Infected」は1980年代を代表する重要作だ。The Theは基本的にはMatt Johnsonのひとりプロジェクトだが、この「Infected」は「Burning Blue Soul」(Matt Johnson名義)を入れると3枚目のアルバムになる。ほとんど1人で作られた濃密で完成度の高い傑作である。しかしエネルギーは外に向かっており、矛盾した社会への強い批判、シニカルでシリアスな歌詞などかなりメッセージ色の強い内容になっている。
この曲はこのアルバムからのシングルだが、アメリカに傾倒するイギリス社会への批判になっている。ビデオクリップは広場のステージにひとり立ち歌うものだが、観客はコーラ(アメリカのメタファー?)を飲んでいる女性ひとりだけ(その後コーラを吐くイメージが重なる)。バックのスクリーンにはデフォルメされたイギリスの日常が次々と映し出される。印象深いビデオである。曲の最後に「イギリスはアメリカの51番目の州だ!」というフレーズが繰り返されるのだが、そのするどいメッセージは20年近くたった今でも有効である。というか、今でこそ必要である。単純に言葉を借りれば、今の日本はアメリカの52番目の州じゃないか!?
このアルバムに合わせて収録曲が全曲(!)ビデオクリップ化されたビデオも発表された。このビデオは一曲一曲が濃縮され完結しながら、1本通して見てもまとまりのある完成度の高いものとなっている。それだけ彼の視点が焦点の合わさったものであったという事だろう。強い意志を感じる傑作である。もう何回見たかわからない。
そして忘れてはならないのがMattの実弟であるAndy Dog(Andrew Johnson)によるアートワークである。グロテスクで鋭くビビッドに表現されたアートは、この頃のThe Theのアルバムやシングルのジャケット全てに使われておりどれも印象的なものだ。因にAndy Dogは1990年頃(詳細不明)夭折している。
The Theとしてはこの後Johnny Marr(元The Smiths)などを迎えてバンド化し攻撃的な作品を数多く発表しているが、なんだか最近のものは内省的な感じが強くなっている。オフィシャルサイトもしばらくBlack Outが続いていたが、最近Re-Launching soonに変わり活動再開の予感がするのだが・・・?期待して待っている。
(注1・「Infected」はイギリスとアメリカで収録曲のアレンジが違う。ファン泣かせである・・・全く。)
(注2・マニアックな話になるが、「Infected」の初回盤のジャケットは娼婦のところで上半身裸で叫んでいるやつだが、一度見た記憶があるのみである。どなたかご存知ではないだろうか・・・? →と、ここまで書いて今日中古レコード屋行ったらあったよ!やったぁ!!)
オフィシャルサイト・・・Re-Launching soon、活動再開寸前か?

2004年4月8日木曜日

Out To Lunch !(カツカレー)


今日は軽く二日酔いで調子悪いのだが、二日酔いの時にはよくカレーを食べる。別に他のものでも良いのだが、糖分などが肝臓の働きを良くするからなのか血流が良くなるのか、何かしら口に入れると不思議と楽になる。
もともとカレーは大好きである。以前書いたように、岡山にはラーメン好きが多くラーメン屋の数は多いのだが、なぜか逆にカレー専門店の数は少ないように思う。ちょっとカレーが食べたい時に手ごろな店がないのは困るもんだ。知人に「ラーメン文化が強い土地ではカレー文化はなかなか根づかない」などとまことしやかな話を聞いたが、根拠はないしそれを証明するデータも持ち合わせておらず真偽の程はわからない。
所詮カレー、されどカレー。カレーは数百円の安いものから数千円はする高級カレーまでかなりレンジが広く、また、インド風、欧風、タイ風、カレー丼のような和風、果てはジャマイカ風など水平方向にもかなり広い。カレーはだいたいどのように作ってもそれなりにうまいのだが、ちゃんとカレーを完成させようとすると手間と日数がかかり、これほど難しい料理はないという料理人もいる。どうも奥は深いようだ。僕はグルメではないのでわからないけど。
さて東京にきてからもいろいろとカレー屋を探すのだが、どの店もそれぞれ個性があっておいしい。とはいえ、何度も足を運ぶ店はそれなりに限られてくる。ということで今日はここ、写真を見ただけでわかる人はわかる「キッチン南海」のカツカレー。キッチン南海もいろいろなところにのれん分けがあるようだが、職場から近いので神田小川町の店によく行く。新御茶ノ水駅のある本郷通りを靖国通り方向に下って右手側(適当だが、だいたこの辺)。おばちゃん4人ほどでやってるカレー関係のみの店舗だ。カレー500円、かつカレー650円、かつカレー大盛り750円(写真)など。カレーソースはかなり黒いのだがいわゆるお好み焼きソースのような味ではなく、なんのうま味かよくわからないがうま味が強くスパイシーでおいしい。ちょっと辛口。かつは揚げたてである。ビジネス街という場所柄か平日11:30〜15:00の営業(土、日、祝日休み)で、昼食のサラリーマンが多い。回転も早く待つほどは混まない。カレーの欲しくなる平日はよくここに行ってしまう(ここが閉まっている時は神保町のキッチン南海へどうぞ)。
P.S.都内でカレーの美味しい店ご存知の方、ご教授下さいませ!

2004年4月7日水曜日

Rickie Lee Jones Live at Shibuya Bunkamura Orchard Hall

3月26日にRickie Lee Jonesのライブに行った。何で早々にこの文章を書かなかったのか?・・・書けなかったのだ。思い入れがあればあるほど。20年来彼女のファンであって(といっても、CDやレコードを集めて聴きまくるくらいだが)、はじめて生で彼女の演奏が聴けるというのは僕にとって一大イベントだった。そもそも来日は10年ぶりであり、今回の来日公演も大阪、東京の2回のみであった。幸運な事に万事うまくいって、席も前から3列目が取れたのだが、数年前のフジロックフェスティバルも突然キャンセルになったこともあり、ホントに生で歌声を聴く事が出来るのか?当日第一声を聞くまではひやひやものだった。実際オーストラリア公演はキャンセルになったらしい。会場にはピーター・バラカンさんの姿もあった。
ステージに登場した彼女はワインレッドのセーターとスカート。普段着のようだ。挨拶も早々に、腕をまくり髪をかき上げ、ギターを掻き鳴らして歌い出した。純粋にカッコいいと思った。そしてあの声。チャーミングであり、小悪魔的であり、甲高く、優しく・・・。今年で50歳になろうかというのに、不思議な事に20年前と変わってないようにすら思われる。あの声の主が目の前にいる、何という事だろう。スローな曲もいいが、やはりミディアムからテンポの速めの曲でのリズムに乗った歌い方が気持ちいい。そう、彼女の曲は自由奔放で聴いてて気持ちいい、ということがキーワードだと思う。バンドは5人。ベース、ドラム、キーボード兼トランペット、リード。ギターは曲ごとに換え、全て彼女が弾いていた。さすがにみんな手練れであり息も合ってて、にこにこ楽しそうに演奏していた。それぞれのアドリブもぱきっと決めていた。曲は最新アルバムの「The Evening of My Best Day」からが半分ほどと、旧作から自身の曲がほとんどであった。人気曲「Weasel And The White Boys Cool」や「Young Blood」、「Satellites」では歓迎の拍手が起ったし、「Chuck E.'s In Love」は予定外で即興で歌いはじめられたらしく、彼女のギター弾き語りとなった。みんなが手拍子した。バックのメンバーはにこにこと見守っていた。ラストはブッシュ政権を批判した「Ugly Man」。7時15分から9時50分の約90分があっという間であった。
彼女は余計な事はしない。CDにも妙なボーナストラックとかつかないし、おまけもない。コンサートでもMCは最低限だし、つたない日本語を使ったり、日本にちなんだ曲も演らない。今回アンコールがなかったというのも同様の事かもしれない。それはそれでカッコいいと思う。ただ、コンサートホールは中途半端なライトの消し方(客席は暗く、ステージがわずかに明るいまま)をしないで欲しかったな。期待しちゃうじゃない・・・。海外のコンサートではアンコールのある日もあったようだし、実は当日も流動的なものだったのかもしれない。日本の何かに気を悪くしたのではなければいいが、とそれだけが気になった。
ともあれ、コンサートが終わった後は満足感とともに、今度彼女の声が生で聴けるのは一体いつなんだろうな・・・という、喪失感に見舞われてしまった。
Smashによる東京公演のフォトレポート
同じく大阪公演のフォトレポート
同じく東京公演フォトレポート、時間は止まったままだった
同じく東京公演フォトレポート、年齢を超えられる人もいる
The Official Rickie Lee JONES Website
→ 上記オフィシャルサイト内、ツアーのページに東京の桜とRickie Lee Jonesの写真あり

2004年4月3日土曜日

John Cougar Mellencamp / Lonely Ol' Night(1985)


(今日の80's #32)John Cougar Mellencamp / Lonely Ol' Night(1985)米6位
インディアナ州のSeymourというところがどんなところなのか全く知識がないが、「Small Town」のビデオを見る限りいい感じの田舎みたいである。John Mellencampは1951年Seymour出身である(うわ、この曲が出た頃の彼は今の僕と同い年か!ひー!)。「Mellencamp」という名前が田舎臭いという事でDavid BowieのマネージャーにJohnny Cougarという名前を付けられ、1976年にデビュー。1982年にはJohn Cougar名義で「Jack & Diane」が全米1位になりやっと認められるようになる。1983年のアルバム「Uh-Huh」でやっと念願の本名が加わりJohn Cougar Mellencamp名義となる。そして1985年の名作「Scarecrow」からのファーストシングルがこの曲。アメリカの地方都市に根づいたストレートで飾り気のないロックが彼の身の上で、この曲を聴いた時もまだ見た事のないアメリカが懐かしくさえ感じた。僕の考えるアメリカンロック。乾いたギターとざらりとした感触がカッコいい。街を歩きながらiPodで聴いていると、つい「ハッ!」とか合いの手を入れてしまう自分がはずかしい。
このアルバムはキーボードやホーンをくわえたサウンドとなっているが、本質的なスピリットは同じ。農政の問題点や社会的なメッセージにも切り込んだ反骨精神あふれる内容になっている。アメリカン・ロックとはこうあるべきだ。アルバムにはRickie Lee Jonesも参加している。
現在は(いい意味で)いいおやじになってて、味のある作品を発表している。特に2001年のIndia Arieと歌った「Peaceful World」はホントいい曲だ。
しかし、彼はしょっちゅう名前が変わる。Johnny Cougar→John Cougar→John Cougar Mellencamp→John Mellencamp。徐々に地方都市出身のアイデンティティが出てきてて好ましいのだが。でも申し訳ないが僕の中ではやっぱりJohn Cougar Mellencampなんだなあ。
John Mellencampオフィシャルサイト

Depeche Mode / Blasphemous Rumours(1984)


(今日の80's #31)Depeche Mode / Blasphemous Rumours(1984)英16位
1980年結成なので、すでに20年以上のベテランの域に入る。Depeche Modeは間違いなく現存しているイギリスを代表する重要なバンドのひとつである。1980年Vince Clarke、Andrew Fletcher、Martin L. Goreに David Gahanが加入しDepeche Modeがデビュー。直後の1981年、結成当初の曲のほとんどを書いていた中心人物Vince Clarkeが脱退し(後にYaz→The Assembly→Erasure)バンドの存続が危ぶまれたが、Martin L. Goreが隠されていた作曲能力を発揮し、その結果以前よりさらに深みと広がりそして重みを持った作品群を発表するに至る。Martin L. Goreのソングライティング・センスはもうすこし評価されてしかるべきと思う。1982年にAlan Wilderが加入しバンドとしての音が確立していくが、1984年の「Some Great Reward」はDepeche Modeとしては4枚目のアルバムで、初期の彼らの代表作だ。このアルバムから「People Are People」(米13位、英4位)、「Master and Servant」(米87位、英9位)がヒットし世界的に認知されるようになるが、個人的には「冒涜的な噂」と名付けられたこの曲の重要性を主張したい。
「16歳の少女が人生に嫌気がさし手首を切ったが、なんとか一命はとりとめた。主が情けをかけてくれたらしい。母親は涙をこらえ少女のメモを読み返し、ひざまずいて祈った。少女は18歳になり全てのものを愛せるようになった。イエス・キリストに第二の人生を見いだしたが、自動車事故にあい生命維持装置に繋がれたまま死んでしまった。彼女が逝った夏の日も空には小鳥が鳴いていた。そしてまた母親の目から涙がこぼれる。冒涜的な噂を流すつもりはないが、神のユーモアのセンスは悪すぎる。僕が死んだらきっと彼はあざ笑うんだろう・・・。(Blasphemous Rumours)」
どうしようもない皮肉な運命の悪戯、納得のいかない人生の転機。思えばニュースを見渡しても同様の事は普段の生活にも毎日のように起っていることであり、自分にもいつ降りかかってくるかはわからない。David Gahanはぽつりぽつりと低い声で歌い、灰皿のようなものが転がる音や鼻をすするような音が効果的に使われる。この曲をはじめに聞いた時の衝撃は忘れられない。この曲の両A面のカップリングは「Somebody」(アルバムとはバージョン違い)で、心臓の鼓動の音から始まる慈しむようなMartin L. Goreの歌うバラード。この曲があるから救われるし、さらに泣ける。
この後もバンドはどんどん成長を続けるが、1995年にAlan Wilderは脱退(→Recoil)。またDavid Gahanが自殺未遂を起こすが、1997年に復活。その後は現在は3人組として順調な活動をしているのは周知の通りである。旧来の美少年たちはいい意味で色気のある大人に成長したし、David Gahanの声にも艶と深みが増したなあ。今後の活動も楽しみである。
オフィシャルサイト

2004年3月31日水曜日

Yes / Leave It(1984)


(今日の80's #30)Yes / Leave It(1984)米24位、英56位
特にYesのファンというわけでもないので、70年代のプログレまるだしのYesはほとんどなじみがなく、僕がリアルタイムで知っているのは大ヒットした1983年の11枚目のアルバム「90125」以後。Trevor Hornがプロデュースしたこのアルバムは従来のYesからがらりと変わったテクノロジーを駆使したポップな出来で、結果的に大ヒットしたものの旧来からのファンは複雑な心境だったらしい。しつこいようだが僕はここからしか知らないのでYesのイメージはこのアルバムである。このアルバムからは第一段シングルの「Owner of a Lonely Heart」が全米1位を記録したが、この「Leave It」はそれに続くシングルカット。これ以前もこれ以後も聴いた事のない奇妙な曲である。Yesの面々の抜群のコーラスワークにThe Art Of Noiseばりの(まあ、Trevor Hornだから・・・)オーケストラヒットや爆弾のようなドラムのサンプリングが重なる。一体Yesのファンはこの曲をどう判断したのだろうか?僕は特にファンではないのでこの曲は許すっていうかもう大好き。Trevor Hornらしくシングルは微妙に違うRemixで、オフィシャルだけでも他にHello, Goodbye MixやらA Capellaなどがある。ちなみに当時NHK-FMではこの曲はA Capellaバージョンしかかからなかった(ナゼだか知っているひとは是非ご教授お願い致します)。余談だがA Capellaバージョンの2分49秒ごろに誰かが咳払いしているのが聞こえる。
ジャケットやアルバムタイトルがなんだか手抜きなかわりにYesはビデオを非常に凝っており、「Owner of a Lonely Heart」での映画的な世界に続いて、この「Leave It」ではGodley & Cremeを起用。逆さまにぶら下がったぺらぺらのYesの面々があっちいったりこっちいったり、顔がくるくる回ったり・・・。最後は折り畳んで消えてしまう。もう大好き。
オフィシャルサイト

2004年3月30日火曜日

The Other Ones / Holiday(1987)


(今日の80's #29)The Other Ones / Holiday(1987)米29位
オーストラリア出身のKlimek3兄弟を中心としたドイツのバンド(意味がわからないが他のメンバーはドイツ人らしいし、そういうことらしい)The Other Onesのスマッシュヒット。アルバム「The Other Ones」からのセカンドシングルで、男女ツインボーカル(AlfとJayney Klimek)の能天気なパーティチューン。打ち上げ花火みたいで単純に楽しい。この12インチは中古レコード屋で100円で発見したものだが、こういう単発のヒット曲が80年代の洋楽の醍醐味なのかもしれないなあ。
彼らは1988年にセカンドアルバム「Learning To Walk」を発表し、おそらく解散したと思われる。その後はそれぞれに活躍しているらしいのだが詳細は不明。ただ、赤毛のローラが走りまくるぶっ飛んだドイツ映画「ラン・ローラ・ラン(Run Lola Run / Lola Rennt)」(1999年)でのテクノなサウンドトラックをベースのJohnny Klimekが手がけていたということを最近知って驚いた。この映画、アニメと実写が入り交じる疾走感あふれる映像とテクノの躍動感がうまくシンクロしており、時間差で人生の様々な分岐点が交差する暴れはっちゃくなラブストーリー。かなり面白い。
ラン・ローラ・ラン(DVD)amazon

Lloyd Cole And The Commotions / Brand New Friend(1985)


(今日の80's #28)Lloyd Cole And The Commotions / Brand New Friend(1985)英19位
おそろしく人相の悪いLlyod Coleは1961年イギリス、バクストン生まれのシンガーソングライター。グラスゴー大学で国文学と哲学を学び、大学の仲間たちとCommotionsを結成したのは1983年。Commotionsとのアルバムは3枚あり、1985年発表のセカンドアルバム「Easy Pieces」からのファーストシングルがこの曲であった。3枚のうちこのアルバムが一番ネオ・アコっぽいが、リリカルでメランコリックなギターと穏やかでのどかなアコーディオンの響きが魅力的で、非常に知的で詩的でありながら優しくたおやかな世界を展開していた。
1989年にベストアルバムを発表しCommotionsを解散した後、Lloyd Coleはニューヨークに渡りソロとして活躍しているが、静かで内省的な良作を堅実に発表している。いいアーティストである。人相は悪いが。
Lloyd Coleのオフィシャルサイト

2004年3月26日金曜日

When In Rome / The Promise(1988)


(今日の80's #27)When In Rome / The Promise(1988)米11位、英58位
When In Romeの方がアーチスト名で「The Promise」が曲名。イギリスのツインボーカル+キーボードの3人組(3人とも男、ジャケットのお姉ちゃんはメンバーではない)。アルバムは「When In Rome」の1枚しかなく、この曲が唯一のヒット曲(次のシングル「Heaven Knows」は辛うじて米95位)。アルバムの他の曲はさておき、この曲は白眉。かなり隠れた名曲。分類としてはエレクトロ・ポップになると思われるが、永遠の愛を誓うさわやかで流麗な曲。とてもすがすがしい気分になる。サビの部分のコーラスはかなり気持ち良いのだが、サビの部分と他の部分はボーカルが違う人だとはビデオ見るまで気付かなかった・・・。この1曲だけを残して、その後の彼らの消息は不明だが、こういう時代を反映したポップスもいいよね。
ファンサイト

2004年3月25日木曜日

David + David / Welcome To The Boomtown(1986)


(今日の80's #26)David + David / Welcome To The Boomtown(1986)米37位
1985年にカリフォルニアで結成された二人のDavid(David Baerwald、David Ricketts)によるユニットのデビュー曲。この曲はアルバム「Boomtown」からのシングルであるが(この曲はアメリカで37位、次のシングル「Ain't So Easy」は51位)、バンドはこのアルバム1枚のみで1987年にはさっさと解散しており、印象が薄いのかその後あまり話題に上らないようだ。しかし、この曲は当時かなりのインパクトを受けた。震えるような歪んだギターの高音で始まるこの曲は、イントロだけでなにやら不穏な世界に連れていかれる。夢に破れて道を踏み外し転がり落ちて行く人たち、一見何でもない新興住宅地でのドラッグにまみれた厳しい現実を次々と切り取っていく。ダークでシニカル。でも行き詰まった感じというよりは、どこか救いのあるようなそんな曲である。これもまたアメリカの一つの風景。
ユニット解散後はそれぞれソロで活動しているようだが、特にDavid Baerwaldはソロでアルバムを発表するかたわら他人のプロデュースや作曲も手がけており、Sheryl Crowの「Tuesday Night Music Club」などはほとんどDavid Baerwaldの手がけた曲である(ちなみにこのアルバムにはDavid Rickettsも参加しており、ここで二人顔をあわせている)。他にはSophie B. Hawkins、Joni Mitchell、Rickie Lee Jones、Robbie Robertson・・・などなど様々なアーティストと共演しているらしい。結構イイ仕事してるなあ。
David Baerwald Info Source・・・David Baerwaldのファンサイト。レアなライブなどの膨大なmp.3が・・・いいのだろうか。

2004年3月16日火曜日

キューバ!


昨年夏にキューバを旅した時の写真をメインのホームページのほうにアップしました。宜しければご覧下さい。まだ外は寒い日もあろうかというのに、写真は夏真っ盛りです。
表紙から→The Globetrotter→Scrapbook→Cubaで入れますが、直リンクはこちらです。
Habana1Habana2Varadero

はぁ、また旅に出たくなりました。今年はどこに行こうかな。

2004年3月12日金曜日

岡山のラーメンとカツ丼

先日仕事の関係で地元の岡山に日帰りで往復したので、岡山ネタを2〜3紹介。
岡山県人にはラーメン好きが多い。昼飯、夕飯、晩飯、飲み会の後など、ラーメンを食べに行く機会はとにかく多い。人口あたりのラーメン屋の数は日本一多いというまことしやかな噂もあるらしく(data not shown)、少なくとも博多や札幌よりは多いらしい。博多や札幌、喜多方のようにいわゆる「岡山ラーメン」というジャンルはなく(少なくとも公に認められているものはない)、むしろその多様性というか、雑食性が岡山のラーメンを特徴づけているように思われる。すなわち醤油、みそ、豚骨、魚介類系、その他・・・と様々なラーメンが混在する。その時の胃の気分によって今日はどこのラーメン屋、今日はあそこのラーメン屋と食べわけるのだ。「今日はどこのラーメン?」が会話の出だしであったりもする(それは僕らのまわりだけか?)。僕にしても「岡山のラーメン屋」で少なくとも2〜30件は挙げられる。そういう人も多いはずだ。
さて、岡山にはデミグラスソースがかかったカツ丼がある。他県と同じく卵とじのカツ丼も当然あるのだが、ラーメン屋で出るカツ丼はこのデミグラスソースのタイプが多く、お腹減った時にはカツ丼とラーメンをセットで注文したりする。これが実にうまい。
さて、今回は日帰りでもあり岡山県人には非常に「べた」だと思われるかもしれないが、その両方を食べに「やまと」に行ってきた。「やまと」のラーメンはカツオ、昆布のだしに豚骨、豚の皮を使ったコクのあるスープで、その割に和風だしが上品な為あっさりと食べられる。当然スープも最後まで頂く。若い方から高齢の方までこのラーメンのファンは多く、当然好き嫌いはあろうが岡山のラーメンのランキングではいつも上位にランクされる。久しぶりに食べたがやはりうまかった〜。
岡山にこられる機会があれば、岡山のラーメンとカツ丼を是非ご賞味頂きたいと思う。

やまと
住所;岡山市表町1丁目9-7 電話;086-232-3944
営業時間:AM11:00〜PM7:00(PM3時からPM5時は休み)

岡山ラーメン学会

2004年3月5日金曜日

Rebekka Bakken, Julia Hulsmann / Scattering Poems


(新譜、Jazz)Rebekka Bakken, Julia Hulsmann / Scattering Poems
最近注目している女性ボーカリストRebekka Bakken。2002年にWolfgang Muthspiel(ギター、エレクトロニクス)と組んだアルバム「Beloved」はホントに名作で当時よく聞いたものだった。Wolfgang Muthspielの深く透明感のある音世界にRebekka Bakkenの声。Wolfgang Muthspielの作り出す音はまるで慈しむようにRebekka Bakkennの声を包み、その中で彼女はある時は慈悲深く、ある時は叫ぶように自由に歌い上げる。蜜月のような素敵なアルバムであった。
さて先日某CDショップに行った時、店内でかかっていた歌声に聞き惚れて迷わず購入したのが今作「Scattering poems」である。その時同一人物と気付かなかったのは恥ずかしいのだが(覚えにくい名前だし・・・ぶつぶつ)、こういう形で再開するとは思わなかったというのが正直なところで、同時に僕の好きな声のタイプは変わらないのだなと再確認してみたり。
さてRebekka Bakkenは1970年ノルウェー産まれのシンガーソングライターである。ニューヨークで活動していたが、現在はウイーン在住らしくヨーロッパのアーチストとのコラボレーションが多いようだ。Wolfgang Muthspielはオーストリア人だし、今作のJulia Hulsmannもドイツのジャズピアニストである。この「Scattering Poems」はそのJulia Hulsmannのピアノトリオと組んだ作品で、アメリカの詩人E.E.Cummings(1894-1962)の詩に曲をつけたものである。E.E.Cummingsは「私」を「i」と表現するなど小文字表現を使い、句読点の省略、語間の空白、口語的なリズムの採用、表現の短縮化など独特な自由詩の作風を持つ。そのようなリズムを持った詩だからこそ曲をつけるのは容易であったと彼女らは語る。Julia Hulsmannのピアノトリオとの真剣勝負の如くRebekka Bakkennの伸びやかで芯のあるハスキーなボーカルが対峙する。ポップでありながら緊張感がありスリリングである。最近は「Beloved」と交互に毎日のように愛聴している。

material records(Wolfgang Muthspielのレーベル、「Beloved」はここから発表)
ACT(「Scattering Poems」はなんとACTから発売)
E.E.CummingsのUnofficialなサイトE.E.Cummingsの詩の紹介
UniversalのRebekka Bakkenのホームページ(2003年Universalから発表されたソロアルバム「The Art Of How To Fall」も音楽的に広がりのあるよい出来の作品だが、僕としては少しプロダクションされすぎで面白みに欠けるように思われる)

2004年3月3日水曜日

生きる喜びーアフリカの二人:J.D.オカイ・オジェイケレとマリック・シディベ

(美術展・東京)生きる喜びーアフリカの二人:J.D.オカイ・オジェイケレとマリック・シディベ
品川の原美術展で開催されている、現代アフリカの2人の写真家の展覧会に行ってきた。
オジェイケレ氏はナイジェリアの写真家で、1968年より30年にわたってナイジェリア女性の緻密に編み込まれた髪を「Hair Style」シリーズとして撮り続けている。彼女らの精巧に編まれた髪が、まるで彫刻のようにクリアーにたんたんと記録されている様はRobert Mapplethorpeを彷彿させるが、その写真に被写体の喜びの感情がひしひしと感じられるようである。氏は「ヘアースタイルはアート」であると言い、また「アートが人生である」と語る。
シディベ氏はマリの写真家。1960、70年代のマリ共和国独立当時の首都バマコのいかした若者たちを生き生きととらえる。当時の解放感あふれるパーティやピクニックの様子を記録した写真はやはり喜びに満ちているようだ。James BrownやChubby Checkerらのレコードジャケットを手に写っている人もいて、写真から曲まで聞こえてきそうだ。川べりでのピクニックなどレコードなんか聴けそうにないところでもナゼかレコードを持っている写真が多いのは、やはり自慢だったんだろうか。僕が一番気に入ったのは上の看板にもある「クリスマスの夜」という写真。楽しそうに踊るカップルのほほ笑ましい写真からも、あふれるような喜びが伝わってくる。
ただ少し感じた違和感は、おそらくここに写っている若者たちは、恵まれた家庭に育った裕福な若者ではないのだろうかということ。今から30年も前の写真が中心であり現在のアフリカと比べることはできないが、貧困や犯罪、疾病におびやかされているアフリカは見えてこない。ともあれ、今も昔も遠くに存在するアフリカの一場面を知る事のできる貴重な記録である。またアフリカに行きたくなってしまった。

原美術館
→生きる喜びーアフリカの二人:J.D.オカイ・オジェイケレとマリック・シディベ;開催中〜2004年4月11日(日)まで。午前11時〜午後5時、月曜日は休館日。

2004年2月26日木曜日

Shelleyan Orphan / Shatter(1989)


(今日の80's #25)Shelleyan Orphan / Shatter(1989)
1987年に「Helleborine」でデビューしたShelleyan Orphanの2枚目のアルバム「Century Flower」からのシングルカット。レーベルはなんとROUGH TRADE。Shelleyan OrphanはCaroline CrawleyとJemaur Tayleの男女デュオで、ツインボーカルに管弦楽器を多用したネオ・アコ系の個性的なポップスを発表していた。ピーター・バラカン氏のポッパーズMTVで見た彼らのビデオクリップのイメージがとても印象的で、一気に惹き付けられたのを覚えている。オーボエやバイオリン、チェロが飛び回る室内楽的空間にCarolineのか細くて清らかなボーカルがふんわりと乗った素敵な音楽を提供してくれた。ホントキレイな声。3作目の「Humroot」(1992)を発表後、おそらく解散。CarolineはBabacarというバンドでボーカルをしているらしいが、詳細は不明。3枚とも今でも愛聴している大好きなアルバムである。

Future Cinema 来たるべき時代の映像表現に向けて

NTTインターコミュニケーション・センター(ICC)で開催されている「Future Cinema 来たるべき時代の映像表現に向けて」展に行ってきた。NTTインターコミュニケーション・センター(ICC)は1997年にNTTによって設立された、科学技術と芸術文化の融合による「コミュニケーション」をキーワードとした先鋭的なアートを発信している施設である。
この100年間に映像は、テレビ、映画からパソコンモニター、携帯などのディスプレイ、電光掲示板に至るまで急激に進化を遂げ、分化し、生活に浸透してきた。現在何らかの映像をなくしては生活は成り立たず、しかも映像というメディア自体がさらに進化を続けてる。アーティストにおいてもこのメディアを駆使し、自らのアートを模索し続けている。この展覧会はそうした「来るべき時代の映像表現に向けて」模索され、表現されたアートの展覧会である。ともすればアートは単なるジャンクと紙一重の存在だが、そこには意思が存在する。僕たちは映像、絵画、オブジェクトを見る事によって何らかの感動、驚きを得たいが為にアートに対峙するのだ。近年パソコンも一般のものとして急激に浸透し、これを駆使する事により無限の可能性を模索できるようになったが、それと引き換えにアーティストに対する期待も高くなっているように思われる。
そういうわけで、この26人のアーチストの29の映像を駆使した作品群は、様々な表現方法を使いながら見る人に様々な刺激を与えてくれるはずだ。開催は今週末までなのでこの週末に是非。詳細は下記のリンクから。

NTTインターコミュニケーション・センター(ICC)
「Future Cinema 来たるべき時代の映像表現に向けて」開催中〜2004年2月29日(日) まで

2004年2月25日水曜日

CLIE PEG-TH55(とMacOSXとの同期)


先日、新発売のCLIE PEG-TH55を手に入れた。今回のCLIEは手書きが重視されており、スケジュールに直接手書きメモができるようになっている。実のところCLIEは二台目である。以前のCLIEでも手書きできないわけではなかったが機動性に欠け、とっさのメモもできなかったので僕にとっては使い勝手が良くなかった。グラフィティで一文字づつ入力するのもやはり面倒で、結局80円の手帳をメインに使っていたほどだ。その辺をついてくる辺りやはりソニーだなあと思う。逆にネット環境は無線LANしか対応しておらずやや省略されているようだが、遅いネット環境ではむしろ使い勝手も良くないし、出先であまりネットしないし僕はこれでいいと思う。以前のクリエと比べて画質も格段にキレイだし、速度も速いしグラフィティエリアが消えるので画面も広くて視認性も良い。ついでにメモ程度であるがカメラも音声メモも取れるようになっており、性能はかなり向上している。電池のもちが格段に良いのもありがたい。手触りもざらりとした感じでそれなりに高級感があり気に入っていて、最近は毎日持ち歩いて使用している。
さて、ソニーはそもそもVAIOも作っているのでMacへの対応は全く積極的でない。これは仕方のない事だと思うが、PalmのPalm DesktopもMacへの対応を中止し入手しづらくなっており、MacユーザーはますますPDAが使いづらくなっている。今後はサードパーティ(Missing SyncのMark/Spaceなどか?) がその辺のソフトをサポートするらしいのだが・・・。どうなるのだろう。
Mac環境でのHotSyncトラブル情報クリクラ!さん、マサトレさんのHPを参考にさせていただきMacOSX 10.3.2となんとか同期できたのでご報告。PalmDesktop 4.1(英語版)(Palm Desktop4.0日本語版は既にサイトからも消えており入手は難しい。現在ならPalm MagazineのCD-ROMには付属しているが、版が古いこともあり僕は英語版を使った)、iSync 1.4iSync 1.2 PalmコンジットMissingSync 3.0.9(入手はこちら)をこの順番にインストールし、PalmDesktop 4.1の簡単な設定をすれば、CLIE側からのHotSyncの起動で同期が可能になる。iSyncが立ち上がりiCal、アドレスブックと同期してくれるが、これらではなくPalm Desktopとだけ同期させたい場合はiSync 1.2 Palmコンジットをインストールさせなければいい(僕はインストールしていない)。ソフトウエアのインストールも当然可能。また、CLIE側からData Importを立ち上げればMac側でCLIEがハードディスクとしてマウントされる。またiPhotoで写真が、iTunesでmp3がやり取りできるようになる。ここまで出来たらMacだろうがあまり困る事もないので、いろいろと活用してみようと思っている。

Moon Phases

Moon Phasesをつけてみました。左のカレンダーの下です。
これで何かと便利になります。うそです。月の満ち欠けなんて僕の普段の生活には何の関係もないのですが、何だかいいですよね、こういうの。ちなみに僕のMacのデスクトップ(MoonNenu)にも腕時計にもこういったMoon Phaseがついています。
Moon Phases

2004年2月23日月曜日

Propaganda / Duel (1985)


(今日の80's #24)Propaganda / Duel (1985)英21位
Trevor Horn率いるZTTレーベルからArt Of Noise、Frankie Goes To Holleywoodに次いで1984年にデビューしたドイツのエレポップな4人組。ZTTレーベルは当時その驚くべき革新的な音で注目を浴びており、このバンドについても興味を持ってチェックしていた。デビュー曲「Dr. Mabuse」、3枚目のシングル「p-Machinery」のようなドラマチックかつ大げさな、全体的に重々しく暗いデジタルな曲調が彼ららしくドイツっぽかった・・・ように思われる。きまじめでちょっと暗く愛想のない感じというのが当時の僕のドイツ人のイメージであった。
ともあれ、これはアルバム「A Secret Wish」からの2枚目のシングルで、A面「Duel」は珍しく明るい曲で、鼻の詰まった竹内まりあといった感じの歌謡曲調エレポップである(とはいえアメリカの曲のような能天気さというより、なんだか地下の疑似的な晴天のような感じ)。しかし、特筆すべきは対になっているB面の「Jewel」。同じ曲の違うバージョンなのだが、これが過激で危ないエレクトロ・パンクなアレンジになってて興味深い。当時僕はこちらばっかり聴いてた。
昨年ZTTレーベル20周年という事でプロモビデオ収録のDVD付きで再発されたのだが、これまたLPとバージョン違いで・・・ZTTらしいというか。20年経って聴きなおしてみると、なんて言うかやっぱりドイツっぽい重いエレポップでシリアスでそしてカッコ良かった。再発見。
ファンサイト

2004年2月22日日曜日

Blog Map

Jackalさんのd-s-jというブログで展開されているBlog Map、早速登録させていただきました。とても面白い試みだと思います。どんどん増殖中のようです。
現在僕は研究で東京にいるのですが、地元の岡山で登録させていただきました・・・・。ご近所さん、それ以外の方よろしくお願いいたします。

2004年2月13日金曜日

Havana Club


(今夜の酒 #3)Havana Club
Cuba Libre(クバ・リブレ)というカクテルがある。ラムをコーラで割ってライムを搾ったものであるが、これが意外とうまい。「Cuba Libre」という名前はキューバがスペインから独立した1902年の合言葉「自由なキューバ万歳!」に由来しており、独立を支援していたアメリカのコカコーラでキューバのラムを割ったのが始まりとされる。今のアメリカとキューバの関係を考えると、なんと皮肉な取り合わせであろうと思うのだが。しかし、両国の関係はさておき、ラムとコーラがそれぞれの味を引き立てあってこれらの相性は抜群である。レシピは至極適当でいい。ラム適量にコーラ適量。当時はコカコーラしかなかったこともあり、それ以外のコーラで作ったものは偽物らしいが、今はキューバ産のコーラもあるようだ。キューバのクラブでラムのボトルとコーラだけを注文して適当に割って呑んでヘベレケで踊ったのを思い出す。ラムのくせが苦手な輩にも一度試して頂きたい。ついついイッテしまう。
他にラムのカクテルといえばダイキリやモヒートなどがある。特にモヒートはラムにミントの葉と砂糖を入れライム果汁、炭酸で割ったもので、すっきりとさわやかで呑みやすく非常にうまい。メニューにこれを見つけたら是非呑んで欲しい一品である。ただ、僕はラムは「Havana Club」と決めている。こういう事情もあるのだが、キューバが誇る酒であるし、キューバへのリスペクトでもある。
ところで、「Havana Club」は日本では3年、7年、シルバードライ、Anejo Reservaが流通しているが、実は本国には9年、15年、25年がある。25年物は以前のブームで観光客が買いあさって現在では当地でもまず手に入らないらしいが、15年物は今でも手に入る。70ドル〜120ドル。日本では手に入らない逸品でかなりうまいらしい(僕は買いそびれてしまったのだが・・・ああ、しまったなあ・・・ああ)。これからキューバに行かれる方は是非。

呑みながら書いてたら、やっぱり回ってきた・・・。

2004年2月5日木曜日

Hector Zazou / Strong Currents


(新譜)Hector Zazou / Strong Currents
1970年代から活躍するフランスの音楽家Hector Zazouの最新作。とはいっても、ヨーロッパでは昨年の9月ごろにリリースされていたようだ。最近気に入ってて繰り返し聴いている。
Hector Zazouは毎回ジャンルを越えたアーティストと音楽制作を行っているが、今回も然り。特にLaurie Anderson、Melanie Gabriel(Peter Gabrielの娘!)、Jane Birkin、Lisa Germano、Sarah-Jane Morrisなど全曲で女性ボーカルがフィーチャーされている。全体的にモノトーンな音数の少ないアンビエンスに彼女らの声が官能的に、しっとりと響いて美しい。バックトラックはピアノ管弦楽器、ギターを中心に、曲によってはエフェクトを使用。ピアノで坂本龍一も参加している。ボックスには100ページ弱のインタビューなどを掲載したブックレット入り。
Materiali Sonori
Telescopic(試聴可)

2004年2月4日水曜日

フューチャー・イズ・ワイルド 驚異の進化を遂げた2億年後の生命世界


(新刊)進化する地球。舞台は500万年〜2億年後の地球である。今から数千年後の氷河期により人類は滅亡し、その後大量絶滅が繰り返された事で陸生、水生動物の多くの種が絶滅する。500万年後の氷河期の後、長い温暖な時期を経て、1億年後に火山活動が活発化する。二酸化炭素、有毒ガスの増加によって全世界の動植物のほとんどが死滅し、大陸は再び一つになり第二パンゲアを形成する。そしてわずかに生き残った生物たちはそれぞれの進化を遂げていく。
クモの家畜となる最後のほ乳類、鯨のような巨大ペンギン、4匹一組で鳥を襲う甲虫、陸に上がった8トンのイカ、空を飛ぶ魚類・・・生物は環境に合わせてそれぞれのニッチに適合する形で進化を遂げていく。そして2億年より未来はさらにワイルドな世界が広がるという。
それは単なる空想の物語でなく、過去の詳細な検証、生命のサイクル、多くの科学者たちの証言、膨大なデータに基づいて描かれていく。衛星放送のDiscovery Channelで放送された番組の本であるが、カラーのCGで奇妙な未来の生物が描かれており、生き生きとしていて眺めるだけでも面白い。また、文章もまるで動物番組を見るかのように現場が目の前に広がるようだ。所詮、僕らは明日の事さえわからないのだが、未来を想像する事はいつも興奮させられる体験だ。果てしない未来の歴史、未知の生命の物語である。

the FUTURE is WILD 「フューチャー・イズ・ワイルド 驚異の進化を遂げた2億年後の生命世界」
ドゥーガル・ディクソン、ジョン・アダムス著
松井孝典監修、土井晶子訳
ダイヤモンド社 2004年
2400円

はでな表紙なのですぐに見つかると思いますが、一度ぺらぺらとめくってみてください。面白いですよ。
→ プレスリリース
→ Amazon

2004年1月31日土曜日

Musical Fidelity A3.2


(前回からの続き)というわけで、いろいろと悩んだ揚げ句、とうとう新しいアンプを買った(どうやら、悩む期間は短いらしい)。結局、以前と同じメーカーの現行のものにした。Musical FidelityのA3.2(ちなみに競合したのはArcam、Goldmund、Linnとか)。
Musical Fidelityのアンプはレンジが広いとかスピード感があるとかダイナミックな音とかそういう音ではなく、まろやかで艶やかな芳純な音がする。因にちらっと写っているのはRogersのLS3/5Aで、このスピーカーともども英国製。スピーカーとの相性もいいのではと思う。特に中高音がきれいに鳴り、ボーカル、バイオリンなどの弦楽器、ピアノなどは素晴らしい。中でも女性ボーカルの生々しさはうっとりしてしまう(ソースによるけどね)。かといって決して低音が弱いわけではない。音楽はスペックではないのでデータは見ていないが、非常に音楽的に鳴ってくれる。メーカーの主宰者のアントニー・マイケルソンはクラリネット奏者でもあるらしく、そのためかもしれない。いろいろ聴きくらべてもどうやら前のアンプの影響か自分はこういう音が好きらしい。
さて次は何を聴こうか。また手持ちのCDを片っ端から聞き直している。長い付き合いになりそうだ。

アンプに電源が入らなくなった

先日突然アンプの電源が入らなくなった。大学生の時に買ったMusical FidelityのB1というアンプで、もうかれこれ14年使い続けていたものだ。
このアンプを手に入れた1990年9月1日の事を今でもよく覚えている。当時使っていたミニコンポの調子が悪くなり新しいコンポを探していたのだが、某オーディオ店でピュア・オーディオに出会ってしまった。当時、車もクーラーもテレビもないただの大学生であり、予算を倍ほどオーバーするそのシステムに躊躇した。一旦、店を出て友達とカレーを食べに行き、悩んだ揚げ句、その足で一時間後には購入していた。
それから僕の音楽生活は一変した。それまで音楽さえ聞こえればラジカセでもいいと思っていたのだが、目からうろこであった。持ってたCDを片っ端から聞き直し、それらの新しい魅力を再発見していった。ジャズやクラシックをよく聞くようになったのもその頃からだ。
僕はオーディオ・マニアではなくただの音楽のファンであり、音質が悪くてもラジカセでもいい曲はいいと思う。ただ、それは聞き手に想像力を要求する。同じ曲でもいい音で聴ければ自然に想像は喚起され、感動させられる。できればいい曲は少しでもいい音で聞きたいものだと思う。
そんな事が頭の中に走馬灯のように浮かんだのだが、アンプに電源が入らなくなったのはヒューズが切れたからだと考え、試しに新しいヒューズを買ってきて入れ替えてみた。ヒューズ1本20円!!安っ!
果たしてたった20円でまた電源が入るようになり何事もなかったかのようにいつものように音が出た。しかし、ヒューズが切れたという事はその他の部品も相当がたが来ているという事らしい。そのうちすぐにまた動かなくなるのだろう。それまで、このアンプでいい音楽が聴きたいな。そして、新しいアンプの事も検討しなければいけないな・・・。

・・・結局、その3日後また電源が切れ、動かなくなってしまった。今まで14年間いい音をありがとう。

2004年1月1日木曜日

明けましておめでとうございます

昨年中はいろいろとお世話になりました。本年も何とぞ宜しくお願い致します。
引っ越しも無事終わり、なんとかゆっくりとした正月を迎えました。
かなりいろいろと忙しかったので、ここも更新せずに放置状態でしたが、また落ち着きましたら気ままに更新しますので、また見てやってくださいませ。
今年は年始から転勤などと動きのある一年になりそうです。
気張らずに頑張って行きたいと思います。また宜しくお願いいたします。